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プロアクティブ 2chなど、今年注目の旬ワードを紹介

日本の生命科学と医科学研究の諸問題は、産業界の強力な支援により大きく改善できる。 創造的な研究環境は企業の発展にとっても不可欠であり、21世紀のリーディング産業を育成するためにも、大学がより創造的な環境を持つよう支援する必要がある。
これは本来政府がなすべき基礎研究へのサポートを、企業に肩代わりするように求めるものではない。 これまで産業界は、依託研究、奨学寄付金、寄付研究部門等の形態で大学への支援を行ってきたが、これらは国に寄付許可をお願いする官尊民卑の形式に制約されており、国の規制を受けている。
この制約を超えていかねばならない。 戦後50年かけて築いた経済力を学術研究のフリーゾーン(リサーチパーク)に大胆に投入することにより、日本はアジア太平洋地域を軸に科学技術の国際化に貢献し、自らの繁栄を確保することもできる。

官(政府)の役割は、思い切った公的資金を投入して、科学者や技術者が創造性を発揮するフリーゾーンを早急に形成することである。 研究システムの複線化とリサーチパークの設立により、大学と企業の境界領域で、両者が対等の関係に立って、より柔軟に協力することが可能となる。
流動性に富む大学の創造的な研究グループと企業のベンチャー型研究グループが対等に交流し、官尊民卑の土壌を消滅させ、21世紀のライフサイエンス時代にふさわしい、大学と企業を結ぶ先端研究ハイウェイのネットワークを構築しなければならない。 ◇YK先生もA先生も大学の経営の中枢にかなり近いところでお仕事をされていますが、日本の大学のハードの部分とソフトの部分をこれからどのように変えていかなければならないか。
まず、教育のあたりから議論していただきたいのですが。 ◇Kそもそも日本の大学は近代国家のエリートを養成するために帝国大学としてつくられた。
昭和30年までは18歳人口の10%しか大学に行かなかった。 アメリカの大学も1930年代までは多くの研究者は大学を出てからドイツに留学した。
その時代は大学に行くのは確かにエリート教育だった。 しかしいまでは、アメリカも日本も18歳人口の40〜50%が大学に行く。
それはもはやエリート教育ではなく、市民としての教養を身に付けるための機関となっているのです。 当然、大学に行くという目的は変わってきていなければいけないのに、日本では変わっていない。
18歳で入ったときにもう工学部、法学部、医学部と専攻分野が決められている。 大学の目的がエリート養成、国の労働者養成型の時代はそれでよかったのです。
いまのアメリカは、4年間の大学はリベラル・アーツ主流の市民の教養を身に付けるところであり、さらに専門家になるには、エンジニアリング、ビジネススクール、ロースクール、メディカルスクールに行って、これらグラデュエートスクール(大学院)で勉強しなければならない。 ヨーロッパでは社会に階級、階層構造が多かれ少なかれ存在していて、一部の大学がエリート養成機関になっている(たとえばフランス、エリートだから18歳から学部教育をしてもいいんです。

日本もアメリカの教育システムにならい、大学院大学制を導入する動きが出てきましたが、それなら18歳から4年間の大学は学部制をやめ、もっとフレキシブルで夢のある教育を通して勉強させ、大変よく勉強した人だけがグラデュエートスクールに行くというアメリカ方式を取り入れたほうがいいと思う。 またそれを導入できる社会背景になってきたということです。
ところが、大学の先生、特にT大学を頂点にした旧帝大系は、エリート中のエリートだとまだ思っている(笑)。 しかも、日本では大学に入ったあと人的な混ざり合いがないのが基本で、大学の先生はそこの大学の出身の人が多くなる。
しかも国立大学は経営の責任がないのに、教授会の自治という建て前はある。 そうすると、自分たちと同じスタンダード、同じ程度の仲間をついつい教授会で選ぶ。
その結果、外の世界をいつまでたっても知らない人ばかりになってしまう。 これはひどい悪循環です。
しかも国家公務員なので給料は保証されている。 アメリカの大学の先生は、Hb大学の教授であっても給料は自分で稼ぐ。
少なくとも医学・生命科学系は年俸の10〜30%程度しか大学はくれません。 大学は「ある程度の場所と肩書は提供します」という経営スタイルなのです。
◇YHb大学教授の肩書があれば、大学からもらう給料は低くてもグラント(人件費込みの公募研究費)を取れますからね。 ◇Kグラントを取れない人は大学に残っていられません。
だから必死なのです。 ◇N大学自身が企業体なんです。
自分で稼がないとダメというわけです。 ◇Yアメリカでは優秀な先生方がHb大学、Sf大学、M大学(Mエ科大学)などに行きますが、多くがプライベートスクール(私立大学)ですね。
◇KU(C大学L校)とかUCS(C大学S校)は州立大学ですが、それでも、いい大学であればあるほど大学が出してくれるサラリーはごく一部です。 「どう?それでもやる?」とくる。
それからもう1つ、アメリカでも国が研究費を出す場合が多いのですが、ユニークな点は「インディレクト・コスト(間接経費)」という制度があって、一流私立大学では80%ぐらいのレートで国と契約をします。 たとえば年間100万ドルのグラントを取る研究者がいると、80%の80万ドルを国が別の財源から大学に支出するのです。

これによって大学は、授業料以外には外部資金の入りにくい人文系の教育とか、図書館の整備や修理費などにお金を使えるわけです。 ですから、当然研究費をたくさん取ってこれる人を招こうとする。
◇Kですね。 ◇Yしかし教育については、いまの大学にそういうことができる教師がいるかどうかという問題になりませんか。
卒業して他大学、社会で生活しなかった人、混ざらなかった人は登用しないということ◇N金を呼ぶ教授を集めるから、大学がどんどんよくなってくる。 大学がよくなると、またいい人が来る。
若い人もどんどん来る。 ◇Y優れた大学はよい環境を戦略的に創り出す。
人の流動性も競争の原理もあるんですね。 これから日本でも大学経営に市場原理を取り入れていく必要があるでしょう。

◇Aアメリカの大学が金を取ってくる人を大事にする理由はそこです。 大学のために自分の研究費を取ってくるのだと考えます。
これをもしT大学で討論すると、教育は国家100年の事業であり、そんな一時的なお金により左右されたら学問の自由とか発展を阻害するではないかという議論が必ず出てきます。 そこのところを納得させる論理はどうしますか?。
◇Kいまみたいに18歳人口の50%が大学に行くようになったら、大学の目的は国のために働く人の育成の場だという言い訳は成り立ちません。 大学の目的が変わってしまったんです。
大学は研究と教育の両方が使命だと言うでしょうが、これからは、まず教育だけをきちんとすればいいという大学が多くなって当然だと思います。 研究するのは別のグラデュエートスクールでいいんです。
ところがいま大学院重点化により、大学院中心、すなわち学部ではなく研究科中心にシフトする際に、大学とはいったい何なのかがわかりにくくなっています。 しかし、日本の大学とはあくまでも学部のことです。